こんにちは。今週のAプロジェクトのブログを担当する柄沢祐輔です。このブログの連載では、自分が好きな建築家を7人挙げて、作業机の隣の書棚にある建築本(古本)を紹介しつつ、なぜその建築家が好きなのかを語ってみたいと思います。




第一回目は篠原一男です。日本の建築史史上最大の住宅作家と言えば篠原一男を措いて他はないでしょう。1950年代の半ばからキャリアを始めた彼は、最初日本の伝統的な住宅の研究を通して、伝統的な日本の住宅のエレメントを現代的な近代建築へと接続する住宅作品群を発表し続けました。この初期の作品は、伝統的な建築の様式が幾分モダンな様式へと洗練された印象と、しかしやはり色濃く日本の伝統が反映された、どことなく時代遅れのものに見えるかもしれません。それが1970年代の初頭に突入すると、突然彼の作風が激しい変化を起こします。初期の伝統建築の要素を洗練させた「第一の様式」に対して、「第二の様式」と呼ばれる時代の始まりです。そこではディテールの要素が排除され、抽象的な白い空間が、純粋な幾何学とともに立ち上がっています。その抽象的な白い空間に、当時の建築家は激しい衝撃を受けると共に、誰もが魅了されました。
ここでは、その白い抽象的な空間の背後に、しかし伝統的な住宅の要素にみられる幾何学が形を変えて隠れていることを見逃してはいけないでしょう。一見伝統的な建築から離陸したかのように見える篠原一男の試みは、ディテールや装飾などの視覚的な要素を取り払いましたが、しかし日本の建築に潜んでいる幾何学のあり方のみを取り出し、その幾何学をベースにさまざまな操作を行い、あたらしい未来の(その当時ですが)日本の「伝統的な住宅」を立ち上げようとした試みであるといえると思います。そしてその過程で、彼の建築作品の中では、幾何学だけが縦横に錯綜しつつ、空間を走り抜けてゆく。
当時の篠原一男が残した作品を訪れて感じるのは、その幾何学があたかも走り抜けてゆくかのような爽快感です。そこでは、伝統的な日本の建築が、より高い次元の位相へと変換され、伝統ときたるべき未来が邂逅を遂げた、かつてない住宅の姿が実現しています。私たちの時代の建築は、彼が展開した純粋な幾何学的な操作による建築をどのように発展させてゆくことができるのか。視覚的な表現を超えて、建築がどのような空間を幾何学と共に立ち上げてゆくことができるのか。僕はアルゴリズムによって生み出される新しい幾何学に、そのひとつの可能性があるのではないかと思っています。