



マイフェイバリット・アーキテクトの第三回目はルイス・カーンです。アメリカの戦後を代表する建築家として真っ先に挙げられるのは常にルイス・カーンだといってもいいでしょう。第二次世界大戦の後にモダニズム建築が世界中に席捲した後に、1960年代の後半頃から、あまりに平坦で均質な空間が世界的に覆ってしまったことのよる反省から、モダニズムの潮流をどのようにして別のものへと流れを変えてゆくかという試みが世界中で繰り広げられました。いわゆるポストモダンという建築の潮流の台頭です。ルイス・カーンは、戦後のアメリカにあっていまだ建築界全体がモダニズムの潮流の最中にあるなかで、ひとりで果敢にモダニズムの潮流とは全く異なるデザインを生み出し、その後の建築界のポストモダニズムの流れに大きな影響を与えました。
ルイス・カーンの建物は、当時のモダニズムの抽象的で均質な空間とまったく異なる、独自の質を備えていました。まずその外観は古代のエジプトやギリシア、イタリアの街並みを彷彿とさせるようなあたかも古代遺跡を現代建築に置き換えたかのような印象を与え、彼の実質的なデビュー作が発表されたときに、まだ当時の近代建築の技術的、未来的な志向の中で作品を生み出そうとしていた世界の建築界の人々は激しい衝撃を受けました。しかしそのような外観の古典的な見た目とはうらはらに、その空間の内部にはより根源的に近代建築とは異なる要素が潜んでいます。
それは、ひとことで言えば「動きのある幾何学」ということに尽きます。彼の代表的な作品にフィッシャー邸という住宅作品がありますが、この建物は二つのキューブが角度を振って組み合わされたその内部空間に、さらにそれぞれのキューブの中に、暖炉などの位置がまた角度が違う向きに設えられています。つまり、さまざまな角度や方向性を持った幾何学が幾重にも重ね合わされながら、彼の建築空間は生み出されているのです。
その結果として生まれた空間は、いたるところに多様な運動性が内包され、幾何学がリズミカルに振動するかのような、ダイナミックな躍動感が醸し出されています。この動きを感じさせる幾何学によるダイナミックな建築空間は、それまでの近代建築の均質な空間とは、まったく異なるものだといっていいでしょう。
アルゴリズムによって建築に何ができるか。僕にはその答えを誰よりも先に出しているのがルイス・カーンだと思えて仕方がありません。それは近代の均質な空間を超えた、より運動性を孕んだダイナミックな変化に富む場所と空間性を、幾何学を利用して生み出すこと。世界中の建築がふたたび単純な差異に欠ける建築に覆われつつある状況の中で、ルイス・カーンの建築は、アルゴリズム建築の未来のあり方を鋭く指し示しているように思います。